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2014.04.16 Wednesday

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一定期間更新がないため広告を表示しています

2012.05.22 Tuesday

気づいたらこんなところへ…

寝返りと匍匐前進ならぬ匍匐後進のみでいろんなところに移動する日々の乃安。

気づいたらこんなところへ入っちゃった!の図。



これ以上後進できないので怒っておりました。笑。



それにしても今日は暑い!昨日から急に暑くなったため、あまり夜も眠れず、昼寝もぐずりがち…。少しずつ慣れると良いけど。。
2012.05.10 Thursday

箱入り息子

我が家の箱入り娘ならぬカゴ入り息子。

2012.05.01 Tuesday

もうすぐ半年

早いもので次男のあ誕生から半年近く経ちました。



順調に育っています。生後2ヶ月はおっぱいトラブルが耐えず、体重が増えないのが悩みだったのが嘘のように、今では平均を少し上回るぐらいで プクプクのムッチムチ。太ももや足首には二重三重に輪ゴムの跡のような線が…。顔にいたっては立派な二重あごw。

赤ちゃんって、顔に筋肉がないからなのか、仰向けに寝ているときの顔と、縦に抱っこされているときの顔がかなり違う!重力のパワーにより、仰向け顔だと二重あごが嘘のように消え、目もパッチリ。どんだけ顔の肉フニャフニャなんだって話ですw。



長男もそうだったけど、次男も顔がかなりふっくら。でも、最近は私に似てるって言われることもあり、母さん嬉しい。長男のときは父似だとばかり言われていたので、自分に似てるって言われるのは嬉しいものなんですね。

離乳食開始はアレルギーの心配もあり、また本音は面倒くさい&まだまだ小さい赤ちゃんでいて欲しい…という気持ちもあり、半年まで待つことに。本人は私たちの食べるものに興味津々なので来週あたり始めます。

でもね、この子、胃の締まりがわるいのか、母乳を今でもものすごく吐くので、離乳食も同じように吐いてしまったら、と思うと、このまま離乳食に移行するのがちょっと不安でもあります。。吐かなくなるまでは、色の濃い食べ物はやらないぞ!

5ヶ月に入って、寝返りのコツをつかんだようで、かなり意識して寝返りしているよう。少し目を話すと部屋の隅まで移動していることもあり、行動範囲が広がりました。でも、まだ自分で座ったりハイハイは出来ないのがもどかしそうでしばらくするとネンネ姿勢にも飽きて、抱っこを要求。まだ完全に背中がしっかりしていないので腰抱っこが出来ず、そしてかなり重いので大変です。腱鞘炎や腰痛になりかけながらも辛うじて逃れています。

今週末は初節句です。
楽しみだなぁ〜(^^)
2012.04.11 Wednesday

お風呂上がりに…

夕方から夜子ども達を寝かしつけるまでは、いつもバタバタな毎日。でも今日は、お風呂上がりに、お兄ちゃんが絵本を読んでくれました。


なーんてヒュゲリなひととき♪疲れも吹っ飛びます。

ノアは絵本そっちのけ、ランプのほうが気になるようでしたが…w

音読を兼ねてこれからどんどんお兄ちゃんに絵本を読んでもらおうかな〜。

2012.02.21 Tuesday

お食い初め

 
先日、次男坊のあが生後100日を迎えたので、お食い初めをやりました。

ちょうど義姉家族はスイスでスキー旅行中だったので、義母だけを呼ぶことに。ちょうど出産日が数日違いの友人にメニューのアイデアをいただきつつ、メニューを決定。しもんの時には日本に住んでいたので、お食い始めも実家でやっていてもらってらくちん。釣り好きの父の釣った黒鯛を焼いてもらったのですが、今回は自力でやらないといけません。

普段の食生活でたくさんの品数をちょこちょこ作ることに慣れてないので、前の日から着々と買い物と下ごしらえをし、その日はのあの昼寝最中ずっと料理してました。一番、心配だったのが、このデンマークで「尾頭付きの魚」を入手すること。前日の月曜日は魚屋さんが閉まっている日なので、ぶっつけ本番当日にお店にある魚で・・と思っていましたが、幸い、二件目に回った魚屋で鱒を手に入れることができました。ホッ。。






一応、命名の書(というのか?)を、と思って書道用具を取り出して書いていると、みんなやりたい!と言い出して、図らずもみんなで書道大会になりました。しもんは学校の書き初めで数回やったことがある程度ですが、得意そうに腕前を夫や義母に披露。でも毛筆は鉛筆のように行かず、なかなか苦戦しています。。



義母もチャレンジ!なぜか文字が上下で反転しています。字を習いたての子どもが左右で反転するのはよくあるけれど、日本の文字をみなれていない外人が書写するとこういうこともあるのかな?すごく不思議!!



夫も参戦。どれが誰のでしょう?笑



他には、サーモンを使って西京焼を作りました。サーモン大好きの夫や義母にも大好評。しもんは鶏そぼろ寿司を気に入って食べていました。ちょうどバレンタインデーだったので、デザートには前日に焼いておいたガトーショコラとシャーベットと苺を頂きました。




のあお食い初め

のあのお膳
鱒の塩焼き、鶏そぼろ寿司、アスパラガスのごま和え、紅白なます、貝の吸い物、苺


椅子にはまだ座れないけど、無理矢理・・w 最年長者である義母に食べさせる真似をしてもらい、歯固め用の石も噛ませ(?)、無事終了。ノアは箸が口元にあたるたびにくすぐったいのか、ニコニコしていてとっても可愛らしかったです。

梅干しを用意するのを忘れて、またあとで食べるまねをし直し。
これで長寿、丈夫な歯、一生涯の豊かな食事、にめぐまれるに違いない!

義母やしもんにとっては初めて体験することだったので、特に義母は楽しんでいたようです。
日頃忘れがちな日本の伝統行事も(節分も結局しなかったし)、もっとちゃんとしよう、と思った一日でした。

次はひな祭りか・・

2011.10.12 Wednesday

成長アルバム

最近、夫が新しく携帯を買ったので、またお古をもらえることになりました。お古といっても欲しかったiPhone 4なので私にとってはとってもグレードアップ!!でも、溜まりっぱなしの写真をなんとか処理しなくては!ということで、今までの写真を片付けつつ、フォトログ風にアップしていこうと思います。

今日は、現在7歳になる息子の成長アルバム的に。
写真はここ2年弱ぐらいのものです。

誕生日20106歳の誕生日を保育園で祝ってもらいました。この直後に現在通う現地校の学童(Mini SFO)に通うことになり、3年通った保育園を卒業しました。

6歳ごろ。おじいちゃんとおばあちゃんにもらったビーナでひらがなのお稽古中。週1で日本人補習学校の幼稚部「かなクラブ」に通っていました。ビーナにはいろんなソフトがあって、手元の機械に書き込むと、それが画面に出てきて、お絵描きが出来たりします。日本語のソフトがそのまま使えるので海外では特に価値があるといえるかもしれませんね。


6歳秋。サッカーに通っていた頃。友達の影響でやってみたい!と言い出したのですが、あまり興味がなく結局あまり続かず・・。



6歳補習校の入学直前まで通っていた幼稚部「かなクラブ」で作ったおひなさま。あまり工作は得意でなさそう・・


夏至の夜にお友達の家にお呼ばれ。真夏なのにやはり夜は寒い。



6歳半。日本での夏休み。ジャングルジムが大好きでうんていばかりやっていました。ジャンプや走ったりというのはあまり得意ではなさそうだけど、木登りやうんていは大好きで、二つ飛ばしやバック、往復なんかも自由自在。身体が軽いっていいな・・w

なかなか秋に里帰りの機会がなく、七五三もしたことがありませんでした。このままでは着物が使えなくなってしまうので、とりあえず写真だけでも・・とスタジオに行きました。着物は両親からのプレゼントですが、袴はスタジオでお借りしました。別にディズニー好きという訳でもないのですが、せっかくなのでミッキーともツーショット。


2011年冬。7歳。今年はよく雪が降りました。庭にもたくさん降ったので、なんちゃってスキーごっこ。といっても、ダウンヒルじゃないけど。。冬は3時ごろには暗くなったりするので放課後庭に出て遊ぶという時間もなかなかないのですが、雪でかまくらを作ったり、ソリ遊びなど楽しめる事はたくさん。



7歳。お待ちかね!ようやく乳歯が抜け出しました。一時期、前歯四本が全部なくなったときは、かなり笑える顔になってた。。

2011年夏休み。日本で5週間過ごしました。航空会社に務める友人の計らいで、なんとビジネスクラスにアップグレード!!!7歳にして、豪華なサービスに味を占めちゃいました。11時間のフライトが3時間ぐらいに感じられました。日本では去年もお世話になった実家近くの小学校に2週間の体験入学。去年遊んだお友達も待っていてくれて、楽しい時間を過ごす事ができました。

綱引き2011補習校の運動会。また今年も負けてしまったけど、楽しい一日でした。補習校の運動会は先生も子どもも保護者もみんな出番があって、みんなで盛り上がるのでとても楽しいです。

2011年8月。現地校で1年生になりました。少しずつ、宿題なんかも出始めていますが、デンマーク式ののんびりとした学校生活を楽しんでいます。私の出産も近づき、もうすぐお兄ちゃんになるんだという自覚があるのかないのか、このごろは自分のことはちゃんとやったりお手伝いもしっかりやってくれていて頼もしい限りです。




2010.11.20 Saturday

小学校への体験入学 ★その後★

 今回の体験入学は、7月の2週目から夏休み突入までという予定。当初、私の中では2週間ぐらいあるという想定でした。でも実際には、海の日の連休や夏休みに入る日にちが意外と早めだったりしたということで、実質7日の登校日しかないことが判明。

なのに!!
登校予定日2日目から、全国的な大雨。広島地方には大雨洪水警報が出されました。小学校のあるあたりは、数年前にも土砂崩れの経緯があるため、学校はもちろん「閉鎖」。先生から連絡があり、「警報が解除されたら登校できるので、天気予報を注意してみておくように」とのこと。

毎朝、解除されたことを期待してテレビをみても、相変わらず警報解除はなし。そとは大雨だし、いつ災害があるか分からないという中でお出かけするわけもいかず、ひたすら、ひちたすら、お留守番。せっかく日本に帰ったのに、こんな暇な思いは初めて。


結局、初日以降、4日間も学校が「閉鎖」されることになりました。5日目に解除となり、晴れて登校できるようになったのですが、その次の日から世の中は3連休。。残される登校日はもう3日だけ。とほほ…。このために帰ってきたようなものだったのに、ほんと、残念でした。

しかし、子どもはたくましいというか、何と言うか。

他のクラスメイト達は、自分と違って友達同士で登下校しているらしい(デンマークでは低学年のうちは親の送り迎えが基本)、と気がついたしもんは、「ぼくも一緒にかえりたい!」と言い出し、同じ方面の子ども達と一緒に帰ることに。もちろん、土地勘などないので私もついていきましたが、これがとってもよかったんです。


新入生の黄色いカバーが並ぶ。遊びながら歩いているのがちょっと危うい。日本では通学路もバンバン車が走っている。この写真、なぜかしもんは先頭にたって歩いている。

近くに住んでいる子が多いので、帰り際「ここがぼくのうち!」とみんな自分の住んでいるところを見せてくれ、うちの子も「ここがぼくのうち!」(ほんとはおじいちゃんの家なんですが)と他の子に場所を教えて、あとで遊びに来てね〜!と宣伝しておきました。

すると、本当にあとでその子たちが遊びに来てくれ、登校日2日目にして急速に仲良しができました。でも、さすが小学1年生。しもんのうちではなく、おじいちゃんおばあちゃんの家だということを理解するまでに多少時間がかかり、うちの父を「おじさん=私の夫」と勘違いしていたり、いつまでも「おもちゃどこなんー?」と探していたり、笑えました。

おもちゃは、当然たくさんあるわけではないので、飽きるかなと思っていたのですが、DSやTVゲームで盛り上がっていたようです。

これがきっかけで、そのうちに、お互いの家を行き来するようになり、私も子ども達のお母さん達とも交流が持てて、楽しかったです。日本でママ友を持つって経験したことなかったけど、こんな感じなのかなー。

あっという間に、修業日になってしまい、夏休みに突入してしまったのですが、その後もちゃっかりと4日間のサマースクール(夏休みの補習。朝の1時間だけお勉強。午後からまたプールがある)に参加させてもらったり、夏祭りに参加させてもらったり、短期間でしたがよい体験になりました。あとで分かったことですが、この小学校は課外活動がとても盛んな学校のようで、保護者の協力体制がすごいらしいです。共働きだったら、難しいだろうなーと思ってしまいましたが…。


お祭りの綿菓子とヨーヨー。夏の帰省ならでは。

学校が夏休みに入ってしまっても、近所の子ども達とは時々遊んだり、交流があり、そのことはしもんにとってはとても嬉しいことでした。日本に長期帰省していても、自然に遊び友達ができるわけではないので、やはり集団生活に少しでも身をおくとうことが大事だなあと思いました。

体験入学の目的は、勉強ではなく、お友達を少しでもつくること。日本の集団に属するという体験をすること。言葉は、もちろん母国語並みにとは行きませんが、それなりにコミュニケーションがとれ、自信をつけること。それらがそろえれば、モチベーションは自然に出てくるのではないかと思います。

デンマークに戻ったあとに、補習校の先生から、「やる気がぜんぜん違う!」とほめてもらいました。日本の小学生体験をした効果かな?と嬉しかったものです。

が…。最近はまた低迷中。宿題やだやだモードが止まりません。
どうしたものでしょうか。

来年の夏まで、長いなあ…。
2010.11.19 Friday

小学校への体験入学 ★手続き編★

今日は、初雪が降りました。といっても、降ってはすぐにべちょべちょに溶けてしまい、積もる隙もありませんでしたが…。本格的な冬はもうすぐそこ。早く冬用タイヤを入手しなくては!!

ところで今日は、夏以来、ずっと更新しなきゃ….と思っていた息子の日本での小学校への体験入学について、まとめたいと思います。(長文です!短く書くの、やっぱり苦手で長くなってしまう…!!)

………………………………………………………………………………………………………………………

もっと小さな頃から幼稚園の体験入学をさせたい、と思っていたのですが、いつも年末年始や学年末等の忙しい時期に帰省していたこともあり、やむなく見送ってばかりでした。

が!今年は、春から補習校の1年生にもなったし、夏休みに1ヶ月まとめて里帰りできることになったので、春先から実家の協力をもらい、受け入れ先の学校とコンタクトを取っていました。

今回、活躍してくれたのは実家の父。退職して時間があるのと、孫かわいさに市の教育委員会や、実家近くの小学校に連絡をして受け入れの約束を取り付けてくれました。

ネットや補習校の体験者のママさんたちの話によると、聞く人ごとに情報が微妙に違うのですが、うちの場合は、「まず市の教育委員会に電話で体験入学希望の旨を連絡したところ、直接、希望校に連絡を取るように言われた。最終的には、その学校の校長先生の許可が下りれば受け入れてもらえる」という感じでした。 

小学校側からは、準備物として、補習校で使っている教科書等の教材や文房具、水泳着と上靴をもってくるようにと。制服はないので、私服で登校OK、かばんもランドセルでなくても何でもよい、とのことでした。

日本に到着した翌日、さっそくアポイントをとり、手土産をもって校長先生にご挨拶をしに。電話でアポ取りのとき、「そんなーわざわざ来て下さらなくても・・」とおっしゃっていましたが。。元教員暦約40年の父からも「手土産は、公立学校だし、必要ないのでは?」と言われましたが、一応用意しておきました。といっても空港で急いで買ったクッキーですが(笑)

学校につくと、正門はしまっており、校内に入るためには事務室を通して受付をし、番号の書かれたカードを胸に下げないといけないとか。防犯の意識の高さを感じました。

校長室の独特の威厳ある雰囲気、自分が生徒だったころの記憶しかないので、ちょっぴり緊張?!でも気さくな校長先生でした。しかも、この春まで海外の日本人学校の校長先生をされていたとかで、海外子女の日本語教育にも詳しい様子。子どもの中での日本語の位置づけ、親の希望と現実との兼ね合い、などなど興味深いお話を聞くことができました。この小学校では、他にも外国人の子どもが何人かいるようで、国際意識が(日本の田舎の学校にしては、というレベルでは)あるようでした。

そういう校長先生なので、教育委員会に提出する書類も快く書いてくださいました。

それを持って、今度は区役所の教育課(たしか、そういう名称だったと思う)に提出をしに行くように学校の事務員さんにアドバイスをもらい、今度は区役所へ。でもなぜか窓口では、体験入学ではなく「編入手続き」扱いになってました。そしてここでは日本での居候先(実家)から、「孫○○を一定期間居候させている」ということを証明する書類に父の一筆と印鑑が必要だと言われてしまい、家と役所を何度か往復する羽目に。事前に必要物を電話で確認したのに〜。。しかも窓口の担当者は、「本来なら、これは学校の事務室で処理できるはずですけどね〜」と。 

なんなんだ、この無意味なたらい回しは?!日本にも、やっぱりたらい回し、あるんだね。。(そりゃそっか。。)

そのほか、事務室で学童保険(通学在校時に何かあったときのための保険)の手続き等、事務手続きには忙しかったけど、なんとか次の日から通学できることに!!

真新しいランドセルを背負うと、なんかやっぱり小学生らしく見えます。でもこの顔なんか引きつってるかも?w



クラスの担任の先生は、学年主任をされているベテランの方。明るく快く迎えてくださいました。クラスの子ども達にも事前に、うちの子が入ることが話してあったようで、「転校生!転校生!」ともう大騒ぎ。あっという間に、みんなに囲まれてしまいました。転校生が珍しいのか、外国から来たということが珍しいのか、もうみんなかなりの興奮気味でいきなり腕をつかまれたり、握手を求められたりと、ボディタッチ?も。。

そんな強烈な歓迎を受け、いきなり学校に入れて嫌がるかな、と思ってたのですが、なんと教室に入って、席を教えてもらうと、もうすでに本人はその気で、席について先生の話をじっと聞いたり、他の子の様子を観察したり…。めちゃめちゃその気。「じゃあ、お母さんは行くからね。」といっても「うん、バイバイ。」とすんなり。 な、なんだ、ぜんぜん心配なさそうじゃん。と気が抜けならがも、教室をあとにしました。


校内の七夕の飾りつけ。教室内は軽く冷房が掛かっていて時代の差を感じました。笑。うちの子が入ったクラスは生徒数25名とか。デンマーク並みに少人数で意外でした。


小学校1年生とは言えども、日本では6時間授業があったり、3時ごろまで学校があります。デンマークでは、まだ0年生にすらなっていない息子。週1の補習校で少しは慣れているとはいえ、6時間授業は長いし疲れるだろうなーと思いながらお迎えに行くと、帰りの会の最中。子供たちが今日あった楽しかったことなど発表しています。「しもんくんとあそんで楽しかったです」などと言う発言も聞かれ、なんか嬉しかったです。

午後の授業時間に、歓迎会としてゲームなどをしてくださったようで、楽しい初日だったみたいです。給食もよく食べたし、休み時間にはさっそくお友達と遊んだようで、初日にしては上出来な1日になりました。

手続きだけで、長くなってしまったので続きは次の記事に書きます。







2010.09.25 Saturday

Sさんとの出会い

 
今回の、研修中に出会った人たちは、みんな気さくで楽しく過ごせましたが、その中でも特別な出会いがありました。

その名はSさん。日系のデンマーク人です。
研修の案内が届いたときに参加者リストをみたら、Suzuki(仮)という名が。「どうみても日本人の名前よね・・。」と思ったものの、私の世代のデンマー クで育った日本人二世は、ほとんど日本を知らず、デンマーク語で育っていることが多いので、日本語は話せないかもしれないけど、内心「どんな人なんだろう?」とわくわくして行きました。

あってみると、やっぱり日系デンマーク人なのですが、日本語も話せます。私とほぼ同世代で施設で働く傍ら、芸能関係の仕事をしています。研修では物腰が柔らかいのに自分の意見はしっかり言う、きちんとやることをこなす、という好印象。日本とデンマークの良いところが混ざった感じ?とても素敵な人でした。

彼は、片親が日本人ではあったものの、家庭内はすべてデンマーク語だったので、日本語を勉強したのは大人になってからだったそうです。バイリンガル子育てをしている私としては、日デン二文 化児がどのように育っていくのかは、とても気になるところ。いろいろ話していくうちに、

「デンマーク人と日本人のハーフでとても良かったと思っている。自分には二つの国を行ったりきたりして、住める国が二つある。アメリカにも住んでいたけど、多文化環境で育っていると、適応力が高まるせいか、新しい土地になじめやすいと感じている。よくアイデンティティの危機というけど、自分にはそれはなかった。」

日本人の子どもとして育って苦労した点は?ときくと、

「子どもの頃、外国人が珍しい田舎に住んでいたとき、いじめを受けた。そのときは辛かったけど、ケンカに勝とうと思って空手などの格闘技を習いだし、今はそれを職業にできるほどに上達して、結果的にいじめが幸いしたと言ったらおかしいけど、それが自分の強み、個性になった」

Sさんは10代のころに、日本語の勉強がしたくて東京に住んでいたそうです。東京はデンマークとはぜんぜん違うけど、楽しくて住みやすかったのでなんと10年近くも住んでいたそう。うちの息子が、日本語(の勉強)を嫌がって困ってる、というと、

「絶対、日本語をやらせたほうがいい。大人になってだと、本当に苦労するから」

その言葉、息子に聞かせたい。。

Sさんは実は子どもの頃、私達が今住んでいる町に住んでいたことがあるそう。なんとうちの息子の通っている小学校に通っていたことがあるそう。日本人とのハーフというだけで、「偶然!」と驚いていたのに、出身校も同じ。うちの町、田舎なので、日本人は私と息子だけなのです。Sさんが住んでいた当時も、日本人はSさん家族だけだったそう。なのに、日本とは全く関係のない、研修で出会っただけに、びっくり。しかも、昔住んでいたご近所さん(今もうちの町に住んでる)と今も付き合いがあり、今週末、お母さんと一緒に遊びにいくんだよー!なんて言ってたので、行き先の住所を見ると、なんと・・。



うちのお隣!!

そのときにはさすがに鳥肌が立ちました。
なんという運。独身だったら、すぐに恋に落ちていたかも?!笑

じゃあ、来た時にちょっとでも顔出して!といっておきました。

Sさんはの仕事はネット上で検索することができます。シモンにも、その様子を見せて、いろいろ話していたのですが、その様子は6歳児にはとても格好良く映ったようで、彼が来るのを楽しみにしているようです。私も、息子にいい刺激になればなーと期待♪

とにかく、息子と同じような境遇だったSさんが、協調性があって、人を大事にできるけど、自分の芯は強い、やりたいことがしっかりとある、とても素敵な人柄であることが、私にとってはとても嬉しいです。

それにしても、こんな偶然ってあるもんなんだ、とびっくりした事件でした。

2010.06.20 Sunday

バイリンガル子育てのその後 6歳編

お久しぶりです!

先日、デンマークでバイリンガル子育てをしているママさんたちの集まりがあり、お粗末ながら「日本語教育」をテーマにお話をさせてもらう機会がありました。ほとんど初対面の方ばかりなのに、みなさんなんと私の「ブログを読んでいます!」とのこと。まったく更新してなかったのに・・

最近は忙しさにかまけ、なおかつ、iPhoneを手に入れたお陰で、メールはもちろんやMixi、FacebookとネットライフはPCがなくても良好で、ブログからどんどん遠ざかってました。

が、やっぱり読んでくださる方がいるのであれば、書かなくちゃ!と思い久々の更新です。
(長文です!興味のあるかたはどうぞ!)



「日本語教育」をテーマとしてお話をする、ということでしたが、時間内に話切れなかったこともあるので、うちの子(現在6歳半)の状況を含めて、今私がデンマーク環境における日本語教育について思ていることを残しておこうと思います。

ご存じない方もいらっしゃるかと思うので、ちょっと簡単に息子の経歴と言葉の発達状況をまとめてみますね。

うちの息子は、現在6歳半。普段はデンマーク国民学校の全日学童(Mini SFOという名称)へ通っており、8月から0年生へ入学予定。週に1度、日本人補習学校へ通っています。デン語は完璧、日本語も・・!!と言いたいところですが、まだまだ・・といったところでしょうか。日本の祖父母との電話でもちゃんと話しているし、補習校でも、先生の言っていることは全部分かり、一応日本語で話しているということですが。。

☆言葉の発達記録☆

0歳期:
日本で生まれ、まだ発語のない8ヶ月のころにデンマークに引っ越してきました。
(生また時から、私は日本語、夫はデン語による2カ国語の環境で育ってきました。)

1歳期:
言葉がちらほら出始める、この時点で日本語とデン語の区別はない様子。

2歳期:
話初めの時期は遅く、本格的に話し出したのは2歳半ごろで、この頃がデン語よりも日本語が強かった時期。日本語とデン語を切り替えるようになる。

3歳期:
3年間に渡る自宅での子育てを経て、地元の幼稚園へ入園。数ヶ月であっけなくデン語が日本語を追い越します。

4歳期:
集団生活で使うデン語の伸びが最も大きい。独り言もデン語で、日本語がかなり劣勢になった時期。日本語で話すときに、デン語の単語が混じることも。日本語で話してといっても拒否することもありました。日本語を話すことが難しい(恥ずかしい?)とも感じていたようで、私に対しても、デン語で話掛けることもありました。

4歳半:
日本人補習校の幼稚部「かなクラブ」に入園。日常生活の中に日本語を聞き話す回数が増える。これまでは、私と過ごす時間の増える週末ごとに少し日本語力がアップダウンしてたのが、安定してきたのを実感。

5歳期:
日本語が伸びて来た時期。相変わらず、デン語のほうが優勢ではあり、下手をするとデン語で私にも話かけてしまう。一方、総合的に理解力が増したので「母はあなたとなぜ日本語で話がしたいか」という話も理解できるようになり、「日本語を話さなくちゃ」と頭では分かっている。
これまでは日本里帰りの際に日本語力がアップしても、しばらくすると元に戻るのを繰り返しれいたが、この時期から週1通う「かなクラブ」のお陰で、帰国後も日本語力が持続しているのを感じる。読み書きも少しずつできるようになったころ。

6歳期(現在)
補習学校の1年生クラスに入学。まだ入学して3ヶ月で、ようやく慣れてきたところ。
宿題は大変だが、毎日行う音読のお陰か、なんとなく「自然な日本語のリズム」が生まれてきたような気がする今日この頃。教科書に出てくる言葉からも語彙が増えている。
来月、日本の小学校に体験入学(1週間強)の予定。初めて日本で母と二人だけの2週間を過ごすことになる。(結果はのちほど!)


ようやくここに来て”日本語の基礎力”ができたかな・・という感じです。
日本語の基礎力とは、たとえば「たらこスパゲティー」という言葉がわからなかったら、「ピンクで、辛いつぶつぶがついた・・」と別の言葉で言い換えられる力があるということ。言いたいことを別の言葉で表現できるということは、コミュニケーション力と言えるのではないかと思います。

これを身につけるためには、いうまでもなく「日本語の環境」がとても大事になってきます。以下に私が体験から学んだことをまとめます。


☆これまで実践して良かったこと☆

1) 「お母さんとは日本語」を貫き通す!
赤ちゃん時期から、とにかく子どもへの話しかけは日本語で。
旦那さんが日本語を理解しない場合は、団らん時など不便な面がありますが、とにかく自分は子どもに対しては日本語という考えを理解、協力してもらうことが必要になると思います。
旦那さん以外の家族(義両親等)にも、同様に理解してもらうとやりやすいでしょう。

周りに日本語を解さない人ばかりの中で日本語を貫き通すのは、ちょっと勇気が要るものですが、とにかく子どもに「お母さんは日本語で話す人、自分も日本語で話す」という事を小さいうちほどインプットすること。もしも子どもが現地語で自分に話しかけてきたら、「なあに?」と日本語で聞き返すこと。現地語の発話に日本語で返事をしてしまうと「お母さんは現地語がわかるんだ」と子どもは思い、楽な現地語を使おうとし、だんだん日本語を使わなくなるので、避けるべきだと思います。


2)3歳まで、自宅で子育て

これができたことは幼少期の日本語環境という面でとても良かったと思います。日本語話者は私1人でしたが、DVDや絵本など日本のメディアを使い、できるだけ日本語環境を作り、時々日本語を話す友達と遊ばせる等しました。言葉が出始めるのが遅く心配しましたが、この時期に蓄積したものが後になって伸びたのだと思います。経験がないので分かりませんが、もしこの時期に昼間よそに預けていたら今の日本語力があっただろうか?というのは興味があるところです。

3)日本にできるだけ帰国する、祖父母に来てもらう
言うまでもないですが、画期的に日本語力が短期間でのびます。日本語を話す人が何人もいる、という状況は普段の生活にないので。。友人の中には、「言葉の出始めの時期に、日本に長期滞在していたことが、その後の発達に好影響を与えた」といっている人もいました。

4)絵本などの読み聞かせ
絵本を通じて、日本語のリズムや親子の会話には出てこない言葉や表現に出会います。小さいころだけではなく、中高学年になって自分で字が読めるようになっても、お母さんが時々読み聞かせをしてあげるといいそうです。

5)かなクラブ、補習校に行かせること
赤ちゃん期は、お母さんや家族だけのコミュニケーションで十分かもしれませんが、デンマークに住み、何にも不自由のないなかで、日本語をやり続けるというのには、まさに横のつながり、お友達付き合いが必要不可欠だと思います。集団生活で、日本の文化にふれ、日本人らしい振る舞い方、コミュニュケーションの仕方なども自然に身に付いてくると思います。日本人集団に所属することを通して「日本人」の部分が育ってくれればなあ、と思います。
もちろん、補習校に行かせなくても、会話ができれば十分とか、読み書きは大人になってからでも良いとか、いろいろ考えはあると思います。でも「日本語を母国語(に限りなく近いもの)として習得するには”学校”という集団生活の枠なしではかなり難しいのではないか」と私は思っています。


もちろん試行錯誤でやってきたので中には失敗もありました。ということで・・


☆これまでの失敗からアドバイス☆

1)「てにをは」を抜かりなく!!
現代人の喋り方というのか、私もちょっと崩れた喋り方をするとよく「てにをは」が抜けていることに気がつきます。日本だと、他にも話者がいるし、テレビ等も良く耳にするので、そこまで問題ではないかもしれませんが、こちらの言語環境は「自分の話癖が子どもにうつる」ので、てにをはを抜かさず、きちんとした話し方で子どもに話すといいと思います。
うちの子は、今だに「てにをは」が抜けがちです。。

2)日本語を話している時に、多言語を混ぜない!!
お母さん自身もこっちでの生活が長くなると、現地語を話す機会が増え、「・・あれ、日本語でどういうんだっけ?」と思うことも良くあると思います。特に、日本語には存在しないもので現地語で特有の表現をする場合など。食べ物や日常良く使うものに、ありがちですが、例えば、rullepølseやsaftvandなど、訳し方に困りますよね?でもそれらをそのまま使っていると、「デンマークに住む日本人しか分からない日本語」しか喋れなくなってしまいますよ! Rugbrød=黒パン、 leverpostej=レパパテ、frikadeller=ミニポークハンバーグ・・ってな具合です。
人の名前や、地名は、もちろん仕様がないので、日本語的な発音で取り入れるのがいいかと思います。。私は、半年前にある勉強会に行くまで、ちょこちょことデン語の単語を日本語に入れてしまっていたので、息子も当然話し方がうつってしまいました。今は気をつけるようにしています。 


☆これからの課題☆
1)お友達との会話も日本語で
補習校の先生やお友達とは学校では日本語で話すというルールがあるのですが、どうしても休み中や放課後の遊ぶ時など、楽に話せるデン語になってしまうのです。子ども同士の遊びに親が介入するのはあまり良くないので、バランスは大事ですが、できるだけ日本語に直させるように、と思っていますが、なかなか難しい。これができたら、補習校の効果は倍増!なのですが。。

2)とにかく楽しんで学校に通う
日本式の補習学校と現地の小学校では、勉強量も自由度もかなり違います。宿題は嫌だ!土曜日まで学校に通うのは嫌だ!とこれからいろんな波があると思いますが、子どもがなるべく楽しく学校に通い続けられるよう、親としてできることをやっていきたいです。



以前、今後通う事になる現地校に見学に行った時に、先生が「あなたはどこからきたの?」と息子に聞きました。先生は、出身の幼稚園の名前を聞きたかったのだと思いますが、息子は迷わず、「日本」と答えました。

彼が日本に住んでいたのは赤ちゃんの頃なので、記憶は残っていないと思いますが、彼の中にしっかりと「自分は日本人」という意識はあるようで、それが明らかになったエピソードです。私は、何年デンマークに住んでも日本人であることは変わらない訳で、息子にも「日本人の部分」を育てたいと考えてます。この国で日本語を継承していくということには、大げさですが日本人としての人間形成、アイデンティティを育成することに繋がると思います。

ある勉強会で聞いた話ですが、補習校の生徒に「日本語を話している時の自分とデンマーク語を話しているときの自分」について聞いたところ、「デンマーク語を話している自分は、ちょっと強い感じだけど、日本語を話している自分は、優しい感じ、自分の中に二人の人間がいるようだ」と表現したそうです。

外国語をある程度のレベルで話す人は多かれ少なかれ、経験したことがあるのではないでしょうか?同じ事を言うのでも、言語によって表現がことなることはありますが、他ヨーロッパ言語とルーツの違う日本語の場合、子どもの頃から習得しないとなかなか「日本語らしい表現」にしにくいのではないかと思います。

息子の中に「デンマーク人のぼく」と「日本人のぼく」がうまく共存し、将来は、一つの完全な、そしてユニークな自分として自信を持って生きていってもらえるように、と願っています。

以上、自分の体験を元にまとめてみました。
みなさんの話も良かったら聞かせてくださいね。コメントお待ちしています!
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